
Anthony van Dyck · PD
磔刑図
作品情報
ストーリー
1626年ごろ、アントニー・ヴァン・ダイクは30歳近く、すでに数年をイタリアで過ごしていた。多くはジェノヴァに暮らし、ティツィアーノやヴェネツィア派を学んで、その温かな色を自分の筆に取り込んでいった。それ以前はアントウェルペンで、ルーベンスの筆頭助手として腕を磨いている。この《キリストの磔刑》はそうした年月の作で、主題をかなり親密に扱った一枚だ。幅はせいぜい1メートルほど、彼が手がけられた壮大な祭壇画とは違う。長らくこの絵は、ブルッヘの聖母教会に掛けられてきた。この教会がとりわけ知られているのは、大理石のもう一人の客のためだ。ミケランジェロの《聖母子》、作者の存命中にイタリアを出た唯一の彫刻である。




