グラーヴ伯爵夫人マリー=アンヌ=エレオノールの肖像、旧称「マリー=マドレーヌ・ギマールの肖像」

グラーヴ伯爵夫人マリー=アンヌ=エレオノールの肖像、旧称「マリー=マドレーヌ・ギマールの肖像」


作品情報

制作年
1769
技法
油彩、カンヴァス
種類
絵画
寸法
82 × 65 cm

ストーリー

この女性は長いあいだ、パリ・オペラ座で最も名高い踊り子マリー=マドレーヌ・ギマールだと考えられてきました。そう思われたのも無理はありません。ギマールとフラゴナールには実際に縁がありました。1770年代の初め、彼女はパリに新築した邸宅のサロンの装飾をフラゴナールに依頼し、のちに揉め事があって、未完の仕事は若きジャック=ルイ・ダヴィッドに引き継がれました。フラゴナールがギマールの肖像を描いていても不思議はなかったのです。現在ルーヴルはモデルを、1730年生まれのグラーヴ伯爵夫人マリー=アンヌ=エレオノールとしています。1769年ごろなら40歳近く、ギマールのほうは20代半ばでした。絵の来歴も新しい名前と合っています。最初はモデル本人の手元にあり、次いで息子か孫娘に伝わり、世に出たのはようやく1857年、収集家フランソワ・マルシーユの売り立てのときです。踊り子の名がついたのは、その流転のどこかでのことでした。1974年、フランス国家が相続税の物納として受け入れています。彼女は緑の袖のついた暗い赤の衣装に白いひだ襟をつけ、髪粉をはたいた髪に花を飾り、書類の散らばった台に手をついて、右下へと目を落としています。

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