
Paul Cézanne / After Titian · PD
ティツィアーノの『キリストの埋葬』による習作
作品情報
ストーリー
1863年の11月、24歳のセザンヌはルーヴル美術館に模写者として登録している。当時のパリでは珍しいことではない。美術学校の入学試験に落ちても、館内に画架を立てて巨匠の絵を写す許可のほうは誰でも取れた。翌1864年に彼が選んだのが、ティツィアーノの《キリストの埋葬》だった。
同じころ、サロンには出しては落とされ続けている。前の年には落選展でマネの《草上の昼食》が笑いものになったばかりだった。エクスから出てきた二十代の画家にとって、ルーヴルでの模写は修業であり、同時に売り物にもなる仕事である。
この一枚はのちに、オーヴェール=シュル=オワーズに住んだ菓子職人で蒐集家のウジェーヌ・ミュレールの手に渡った。カンヴァスの裏の木枠には、その由来がフランス語で書きつけられている。




