
Paul Klee · PD
ニオイアラセイトウ
作品情報
ストーリー
1945年4月、ヨーロッパの戦争が終わる数週間前に、リオデジャネイロで「第三帝国に断罪された芸術展」が開かれました。企画したのは、ゲシュタポから逃れて1939年にブラジルにたどり着いた書店主で画商のミエシオ・アスカナジーで、ブラジルの人々をナチズムに反対する側へ引き寄せる狙いがありました。カタログの43番が、この水彩画です。
クレーがこれを描いたのは1922年、ヴァイマルでのことでした。ドイツ語の題名マウアープフランツェは、壁に生える植物を指します。まず鉛筆で下描きをし、薄い水彩を何層にも重ね、最後にペンと褐色のインクで線を加えています。
リオの前、1923年にはミュンヘンで、クレーの画商ハンス・ゴルツの画廊が開いた新しい美術の十年をたどる展覧会に出品されていました。リオの後はペンシルベニアへ渡り、フィラデルフィア美術館の絵画部門キュレーター、ヘンリー・クリフォード夫妻の所蔵となります。夫妻は1957年にボストン美術館の展覧会にこれを貸し出し、1964年に美術館はニューヨークの画廊ノードラーから購入しました。




