
女と花
作品情報
ストーリー
1872年のボストンには、創設されたもののまだ開館していない美術館があった。ボストン美術館は1870年に設立され、扉を開いたのは1876年のことだ。そのため商人トマス・ウィグルズワースは、この小さな板絵を人に見せようとしたとき、ボストン・アシニアムに貸し出した。展覧会も開いていた会員制の図書館である。そこでの題は「ローマの貴婦人」だった。アルマ=タデマがこれを描いたのは1868年、まだブリュッセルに住んでいた頃で、テーブルの縁に署名と年記がある。古代風の衣をまとった女性がもたれているのは、ポンペイ出土の原品をもとにしたブロンズの卓で、その原品はナポリの国立考古学博物館に残っている。まわりの花や装身具、布地も、同じ細やかさで描き込まれている。絵はほぼ70年間ウィグルズワース家に伝わり、姪へ、さらにその息子エドワード・ジャクソン・ホームズへと受け継がれた。1941年にホームズがボストン美術館に寄贈したとき、彼はこの美術館の理事長だった。




