
キリストの哀悼
作品情報
ストーリー
騎士修道会であるハールレムの聖ヨハネ騎士団は、自分たちの聖堂の主祭壇に巨大な開閉式の祭壇画を掲げていた。ヘールトヘンが1484年以降の数年に描いたものである。1572年から1573年にかけてスペイン軍が反乱都市ハールレムを包囲したとき、祭壇画はほぼすべて失われた。生き残った翼一枚は、安全のためユトレヒトへ運ばれた。これはその内側の面で、祭壇を開いたときに見えた側にあたり、十字架の根もとに横たえられたキリストの亡骸を、嘆く人々が囲んでいる。
その後、この翼は旅を重ねた。騎士団が1625年まで、ハールレム市が1628年まで所有し、1636年にはネーデルラント連邦共和国の政府である全国議会がイングランド王チャールズ1世に贈った。1638年からは王の有力な廷臣ジェームズ・ハミルトンのものとなった。1649年に王もハミルトンも処刑されると、彼らの絵は売り払われ、翼はレオポルト・ヴィルヘルム大公の手に渡った。大公の収集品がこの画廊の核となった。翼の外側の面は鋸で切り離され、今は独立した一枚の絵として掛けられている。




